火葬炉が空く順番をジョイスの棺と牧師夫妻とで待っ。
順番を待っている間に、棺のふたをもう一度あけ、ジョイスを愛してくださった牧師夫妻にジョイスの顔を見てもらい、お花を一輪ずつ入れてもらった。
そして、私たち夫婦は、この世での最後の別れをジョイスに告げた。
「さようなら、ジョイちゃん。また、向こうで会おうね。」
棺のふたを名残惜しくゆっくりゆっくりと閉め、間もなくして職員の呼び声がした。
ついに、ジョイスの番が来た。
火葬場へ入ると、職員がジョイスの入った棺を火葬炉に入れた。
次に、何の目的にするのかなどの説明もなく、職員が丸いスイッチのようなものを指さして言われた。
「この丸いボタンを押してください。」
指示されるままにボタンを押すと、すぐさまゴォーという大きな音が立ち、火葬炉の中に火がまわったのが分かった。
火葬が始まった.... ジョイスの亡きがらが焼かれ始めた...
その衝撃も悲しみも、何も感じる間を与えられることなく、職員からさっと番号札を手渡され、「骨上げ(骨をひろう作業)ができるようになるまでは一時間かかります。待合室もあるからどうぞ。」と言われた。
ここにいると、市役所の窓口にきたかのような錯覚を起こしそうだった。感情をはさまず、あまりに淡々と手際よくことが進んでいく。
お世話になった牧師夫妻とは火葬場の前で別れて、骨上げのために夫婦で待合室に上がった。待合室の椅子にどさりと腰をかけた夫が、ジョイスは本当にもういないんだね…と遠くの方を見て呟いた。
職員が言われた通り、一時間ほどで、ジョイスの番号が館内放送で呼ばれた。
火葬場に戻り、ジョイスの骨を見た瞬間に、夫の顔が曇った。
お箸を一善づつとり、お骨を拾うように言われたとき、夫は僕もしないといけないのかと私に聞いてきた。
もちろんよ、他に誰がするの?と私が言うと、
夫は、職員にしてもらおうと提案してきた。
「あなた、私たちが両親なんだから、最期まで見とどけなきゃ」と少し苛立ちを隠せない声で私が言うと、夫は返答せずに無言で箸を握った。
ジョイスの骨が転がっている台には、ジョイスが横たわっていたままに頭部、上半身、腕、足の主なる骨があり、その周りには粉砕されてしまった骨ぼねと灰だけが残されていた。
思っていた以上にきれいに骨が残っていたので、職員の方に、お骨が残るように上手に焼いてくださってありがとうと伝えると、成人も赤ちゃんも火の調節はできないから、何もしてないんだけれど、お骨が残っていてよかったですねと応えられた。
ジョイスのお骨を残すために、極力 棺の中に入れるものを少なくした方がいいという、葬儀屋を営む友人の助言を聞いていてよかったと思った。
担当の職員が、これが肋骨で喉ぼとけ、腕…足...でと説明してくれるものを、夫と一つひとつ拾っていく。
お骨を拾っているとき、いつも穏やかで優しい夫なのだが、この時だけは珍しくイライラしているような感じがした。
用意されていた骨上げの箸は、一般のものよりも長く、箸先が丸いため成人の遺骨を拾うにはいいのかもしれないが、乳児の細く小さい骨を拾うには扱いにくく感じた。
カナダ人の夫は、こういう状況下で、うまく箸が扱えないことに苛立っているのだろうか… しかし、そんなことで腹をたてるような人ではないし... と思いつつも、この時、夫がどのような気持でジョイスの遺骨に向き合っていたのか、気に留める余裕が私にはなかった。
職員がピンセットでとても小さな白い四角のものを差し、「これは、歯ですよ。」と言い、ジョイスの乳歯をピンセットで拾って骨壺の中に入れてくれた。
ジョイスには歯があった。とても小さな可愛い前歯だった。
お骨の一部には、青い色がついていた。ジョイスと一緒に棺の中に入れてあげたリンドウの花の色が骨に移っていた。うっすらとお花色に染まったお骨を見ていると、ジョイスが少し化粧をし、おめかししているかのように見えた。
ジョイスの骨を赤ちゃん用の小さな骨壺にすべておさめ終わったときには、全身にひどい疲労を感じていた。火葬場を出て、すぐそこに見える駐車場がとても遠く感じ、体も心も引きずりながらなんとか車に乗ることができた。
平成27年10月8日 午後3時
私たちの可愛いジョイスは、骨と灰になった。