43週3日検診。予定日から24日経過。
いつも冷静沈着の主治医の顔が曇る。 「そろそろ出て来ないとな・・・」 今日の検診で、ジョイスの心拍が弱くなっていることが分かった。 心拍を測るモニターで、ずっと心拍130くらいで、無脳症児とは思えないほどの健康児だったが、今日の結果は110台(120を切ると良くないらしい。) 私の胎盤機能が落ち始めている。 その影響で、ジョイスに酸素が届きにくくなってきているとのことだった。 神様が許されるなら、あなたに生きて産まれてきて欲しい。 ママは、あなたをこの腕で抱きたい。 「ジョイス。もうママは、待っていられません。 今まで、ゆっくり待ってきたけど、出てきなさい!」 健診後に、3時間ウォーキング、マンションの階段の上り3回、これかれスクワットをして早めに寝て出産に備えます。もう、念じて、祈って、ジョイスに伝えて、出てきてもらいます! 皆さんのお祈り感謝します。時間の許す方、引き続きどうぞお祈りください。 「すぐに出てきますように」・・・・ ありがとうございます。 夫が電話してきた。いつもと雰囲気が違う。 「今、どこ?」 家よ。 「ジョイスが産まれたって聞いたんだけど、まだだよね? 」 ジョイスが産まれたら、あなたに一番に言うよ〜。その前に、私の隣りにいて欲しいし、立ち会い出産のつもりで私は心の準備をしています。 ジョイスが産まれたことが、どこかで伝言ゲームになっているよう 笑 きっと、昨日がスーパームーンだったから、絶対に産まれたはずだと思ってくださった方がいたのかもしれない。私が球根を植えた後にソファで寝入ってしまい、ブログの更新が遅かったからかもしれないですね。 本当に気にかけてくださり、ありがとうございます。 ある友人から、昨日メールが来ました。友人は、ジョイスの産まれた夢を見たらしく、ジョイスは生きて保育器に入っいたそうです。夢にまで、登場させてもらい光栄です。正夢になるといいな〜と返信しました。 そのような感じで、ジョイスはまだ、ここ、私のお腹の中にいます🚼 週末が終わりましたが、 のんびりジョイスは、本日もお腹の中にいます。 予定日から21日経過。 今日は、家族で秋に植える球根とコスモスを植えました。 一週間前に、妹から母の伝言を聞いた。 「お母さん、四人に球根を植えて欲しいんだって。秋は、球根の植え時らしいよ。今、植えて欲しいんだって」「すずらんは、祝福って意味だって~」 「う・・・ん。枯らしたら可哀想だし産後でも間に合うから、それから考えようかな」で終わっていた会話だった。 3日前に母から電話がかかってきた。「植えた?」 「あー球根!?ジョイちゃん、産まれてからにするね」 「なんで!あかんよ。今じゃないと、意味がないのよ!」 ”今”じゃないといけないと言う母の”今”は、秋(球根の植え時)の今ではなく、四人揃っている”今”という意味だったようだ。 四人揃っている”今”植えた球根の花が、季節ごとに咲いてくれることで、毎年、四人で一緒に植えたこと、また今日のことを思い出せる」だから、どうしても”今”植えて欲しいとういう母だった。 母、奥が深い! 妹に言ったのに、うまく伝わってないとぼやく母だったが、よく思い出してみると、一週間の滞在中に妹は何度も球根を買いに行こうと言ってきた。しかし、私が全く聞く耳を持たなかったのだ。ごめんなさい~ 家庭菜園が趣味の夫に、母の希望でたくさんの花を植えたいと言ったら、 それ、食べれないよね?と尋ねてきた。 もちろん、食べれません。夫は、食べれない植物にはあまり興味がないのだが、母の愛に感謝して、急いで球根を買いに行き、今日植えることができた。 間に合って良かった! 植物を愛する母らしい発想だと思った。きっと、花が私たちを慰めてくれると考えてくれたのだと思う。 母の助言を参考に、一種類がダメになってしまっても、他が咲き続けるように四種類準備した。 春に、チューリップとスノードロップス、秋にコスモス、冬に水仙が咲くように植えた。夫に植木鉢(箱)を作ってもらいジョイスも含めて四人で準備した球根とコスモスを心を込めて植え、終わった時には、日もどっぷり沈んでいた。 植え終えたプランターを眺めながら夫が言った。 「四人で咲くところが見れたらいいね。」 「うん。見れたらいいね。」 妹が、今日は中秋の名月だから、明日は産まれると騒いでいるらしい。私もそろそろだと思う・・・ 今日も陣痛待ち。農協にピオーネを買いに行き、花の球根を買いにホームセンター、うどん「およべ」で昼食、体力を温存のために娘と一緒に昼寝、夕飯、長風呂をし、音楽好きのジョイスも加わり4人で歌を歌い …陣痛を待つ、待つ、待つがもう夜11時。もう寝よう。 昼食後にお腹が痛いかも、痛い、陣痛かもと思ったが、ただの食べ過ぎだった。 お腹がよく張っているので、陣痛が来たかもと何度も期待するが〜 結局今日は来なかった。 明日、日曜礼拝に行きたいと思っている私の思いをジョイスは察しているのかな。音楽が大好きなジョイス、また一緒に賛美したいのかもしれない。 毎週、教会を後にする前に、誰かが寄って来てお腹に手を当てて祈ってくれる。だれかが、ハグしてくれる。みんな、今週が最後だと思って。。。 でも、この調子でいくと、明日も行けそう。笑 予定日から20日が過ぎ、42週6日の妊婦検診。 母体の体調は良好。血圧、体重も平均。 モニターの結果、ジョイスもしっかり鼓動を鳴らしていた。 主治医が、内診時にジョイスの頭に触れ、ジョイスは驚いたようで、頭をブンブンと振り、体を揺さぶっていた。 カーテンを一枚隔てて、主治医がいつもより大きな声で話す。 「もう、ゆるいわ!」「 これは、近いよ!」 内診室から出て、主治医を見ると笑顔を浮かべて「もう近いわ。今週末の出産もありえるかもな」と言った。いつも現実的でシリアスな私の主治医、こんな表情を見せてくれるんだと内心、少し思ってしまったのだが、彼が、もうじきジョイスが産まれてくるのを喜んでくれているのを感じ、その思いを共有できて嬉しかった。 ジョイスの頭の感触を尋ねてみたら、 「硬かった」と言った。 普通であれば、丸い頭に触れるのだが、頭でも脳でもない、硬い感触だった。きっと骨を触ったのだろうと言っていた。 セカンドオピニオンでこの病院を訪れた日から、彼が私とジョイスの主治医になった。夫が外国人なのを知り、英語の資料を用意して二時間ほどの面談をしたのが始まりだった。ジョイスがいつも死と背中合わせな胎児であること、日本で自らの意思で産む人がほぼいないため、主治医には私たち夫婦がどうしても出産する!と、産むことにこだわるのに理解できないといった感じで、診察室の雰囲気はいつも重かった。 一方で、主治医が、私(母体)の安全を本当に心配してくれていのも分かっていた。産むことを夫から強いられているのではないかと心配し、夫と直接話そうとまで言っていた。私たち夫婦は、主治医の経験や知識だけでなく、誠実さ、慎重さ、率直で現実的なところ、そして何より、いつも母体を守りたいと言い続けてくれたことに信頼を置くことができた。 でも、22週を超えて中絶が出来なくなってからは、診察室の雰囲気は少しずつ変わり始めた。お互いに22週を超えたら開き直るしかない。世間話をし、冗談まで言うようになった。そして、今日は笑顔を見せて、間近に迫ったジョイスの誕生をともに喜んでくれていた。 今日の世間話しの一部は、主治医が、私の父に似ているという内容だった。顔もだが、雰囲気や話し方、冗談も。冗談は、相手が「今の冗談?笑ってもいいの?」と言う感じで、急にボソリと言う感じがとてもよく似ている。笑 妹も母も認めるのだから似ているのだと思う。 それを主治医に言ったら、「どう反応していいのか困るんだけど〜」 と、とても率直な反応。 「確かに、そうですね」と言いながら、また二人で笑った。 実は、主治医と会うのは、来週が最後になる。10月からは、事情により外来から外れるそうだ。 「ジョイスを 初めから診て頂いたので、最後まで見届けて欲しいと」伝えると、 「そうじゃな。」「じゃあ、病院内のどこかにはいるから、産まれたら誰かに伝えてくれる?」 産まれたら、ジョイスに会いに来てくれてそうだ。 ジョイスを一番よく見て、知ってくれている主治医には、最後まで見届けて欲しかった。エコー画面越しではなく、直接会って欲しかった。 出生証明書についても、ジョイスの心臓が動いていたら書こうねという話しになった。 私たちは、ジョイスにこの世で生きたという証明が欲しかった。ただの紙切れなのだが、私たち夫婦の次女として、この世にいたことを戸籍に名前を載せるということで形にしたかったのだ。 戸籍に名前を残すためには、出生証明書が必要だった。 死亡証明書だと、死産扱いになり、戸籍に名前は載らないのだ。 この出生証明だが、少ししか生きなかった子には書いてくれない医者もいるそうだ。そんなの昔の話だと思って、ある医師に尋ねてみたことがある。 その医師の返答が衝撃的だった。「数時間しか生きないとか、分娩室からで来てたときに死んでるようだったら、死亡証明になるでしょう」 えーーー!?昔の話ではないの?? 現実だけを考えると、ジョイスに数時間の壁は難しいのかもしれないと思い、即主治医に相談だと思った。 主治医から、生存の有無をしっかり調べるから大丈夫だと聞かされ、ホッとしたというエピソードがあった。 神さまは、最良の人を私たちの周りに置いてくださっている。 「ありがとう。」 たくさんの人に支えられ、私はもうじきジョイスに会える。 あめ あめ ふれふれ〜♪ コオロギさん〜 ♪♪ 娘の歌声が秋雨の中、響いていました。 今日は、長女と雨の日の散歩。長靴、かさ、カッパを着て、一つの水たまりで5分ずつチャプチャプ バシャバシャ、楽しそうに遊んでいる。娘との散歩は、全く運動にはならない。10分で歩ける距離を1時間半かけて散歩した。私が子どもの頃も雨の日って、こんなに特別楽しいものだったかなと思い出しながら、嬉しそうに歌う娘の笑顔を眺めていた、優しい秋雨の日だった。 娘のお昼寝後は、娘と教会のお祭りの準備。 教会のお祭りは、子どもの遊びが豊富にあります。今日は、そのゲームの景品作りを長女をした。 ビーズを買ってきて、ブレスレットを制作。3歳の娘も、小さな手で一生懸命作りましたよ。だれが、この景品をもらえるのでしょうね!? 10月4日(日)2時ー 5時半 「十字架まつり」クライストチャーチ倉敷 (※岡山ではありません) 屋台(焼きそば、焼き鳥、ポテト、ジェラート、ワッフル等) ライブ、子ども向けゲーム、幼児スペースあります。 カフェ(手作りケーキ♡ + 紅茶 or 珈琲 ) 雨天時は、10月11日(日)に延期になります。 どなたでも遊びに来てくださいね。 私たち家族も行けたら!?行きます。ジョイス次第ですが〜 (^ ^) 本日は朗報! ジョイスがついに降りてきた! 内診で医師が、ジョイスの頭に触れることが出来たと言っていました。ということは、だいぶん出口近くに下がって来てるということ。 最近、少しお腹が少しスッキリした気がしていて、予定日を大幅に過ぎていることもあり、羊水が減ってしまいジョイスがしんどい思いをしていないか心配していました。でも、ジョイスはとても元気にしており、 頭の大きさにより降りれない訳でもなかったようです。 検診の結果を聞き、夫が安心して一言、「なーんだ、ひろみに似てるだけだ!」そう、ただのノンビリさんだったようです。 子守役に来てくれている 妹に報告したら、 「昨日、温泉で泳いだのが良かったんじゃない !?」と言った。 誰も居なかったので、ついつい。とりあえず、すべてに感謝! (公共の場で、泳ぐものじゃないです。すみません) 後は、陣痛が来たらすぐに産まれるはず。もうじき、会えそうです! 皆さん、お祈りありがとうございます。 お一人、お一人に本当に「ありがとう」。感謝します! きれいな夕日をジョイスのためにパシャリ📷 美しい自然を見る度に、神様が祝福してくださっている感じがする。
子守役をしてくれる妹。長女を公園に連れ行き、お茶に付きあい、前髪を切り…ありがとう。 (彼女は関西から来ているの必ずマイハサミを持参している。) 予定日から16日目、ジョイスもお休みを満喫しています。 車を1時間走らせ、赤穂温泉に行ってきた。湯船につかると、はぁ~と息がもれる。気持ちがいい~! ジョイスも私に少し遅れて、ぐぃ~んと手足を伸ばして、温かい湯船に解放されていたよう。私のお腹が凸凹と波打っていた。 温泉行きを決めてくれたのは、我が家の企画担当の夫。 アウトドア派の夫、インドア派の私。 休みが近くなると夫は必ずソワソワし始める。夫は、休日はどこかに行きたい、何かがしたい、遊ぶのが大好き、ノープランが耐えられない人。 その反対で、私は、休日をゆっくりと気の向くままに過ごしたい。美味しいケーキでも買って、お茶を飲みながら、出来れば家で好きな本を一日読んで過ごしたい、ノープランを好む人。 今朝も、案の定、どこに行きたい?何がしたい?食べたい?を朝からずっと尋ねてくる。 「ゆっくりしたいかな」という私の応えに対して、 「じゃぁ!温泉に決まりだね」と夫は、行き先が決まり喜んでいた。 夫のゆっくりと、私のゆっくりの概念は違う。夫のゆっくりは、どこかでゆっくりする。私は、ゆっくりその場(家または、近場)で過ごすと思っていのだが・・・ 我が家の企画担当のプランでは、温泉→動物園+遊園地→海の駅だったが、私が真ん中を却下、温泉→→→海の駅にした。 夫は、旅行行程の温泉で「ゆっくり」してもらおうと考えたようだ。そう来たか~と思った。最近、このパターン多いなぁ。 結婚して六年、お互い上手に妥協し、二人が一緒に楽しめるようにすることを学んだ。 そんな感じで行った温泉だったが、とても楽しめた。温泉から海が見え、心身ともにリラックスすることができた。 海がとても見たくなることがありますか?私は、無性に見たくなるこがある。 子どもの頃、夏休みごとに、海辺に住む祖父母の家に預けられたからかもしれない。ジョイスを授かってからは、何度も海を見に行き、その度に癒された。 今回は、疲れを温泉の湯船に、雑念を海の波に、すべて流してもらえたような気がした。 予定日から、15日経過。 ジョイスは、お腹の中でゆっくりと流れる日曜日の午後を楽しんでいます。 昨日、一冊の本が届いた。 「愛をうけとった日」という、赤ちゃんが、神様のもとにいるときに自分のお母さんになる人を選んで出てくるという短い絵本だ。 ジョイスを授かってから、ジョイスはあなたを選んできたんだねって、よく言われる。つい先日も懐かしい人から連絡があり、同じことを言われた。 言われるたびに、???だったが、何度も何度も繰り返し、違う人を通して同じことを言われるので、もしかしてそうなの!?と思い始めた。 長女のときには、一度も聞いたことのない話だけれど、あまりにも頻繁に聞かされるので夫と前夜に話した。 「もしジョイスが私たちを 選んでくれていたなら嬉しいよね」 そして、翌日、この本が我が家に届いた。 この本を送ってくださったのは、私の周りで”岡山の母”と慕われる、里親や抱っこボランティアを支援している団体、「ぐるーん」代表の河本美津子氏だった。 とっても素敵な方。ジョイスのためにも祈ってくださり、生きることを信じ、先日も新生児服をくださった。 「ぐるーん」は、 色々な事情で、乳児院や児童養護施設などで暮らさざる得ない子ども達への支援活動をしている団体。河本氏は、乳児院に赤ちゃんの抱っこボランティアに行きつつ、子どもたちへの支援拡大のために社会に様々な働きをされいる。主に、施設での抱っこボランティア、里親制度の周知や、里親や里子支援のイベントや研修会などを開いておられる。岡山の母と言われるだけあり、母は強しといった感じの突き進むパワーに圧倒される。 いつも一生懸命な河本氏の働きが、ますます神様に祝福されるようにお祈りしたいと思う。 聖書にも孤児、やもめ、在留異国人を大切にするようにと書かれている。 「父なる神のみまえに清く汚れのない信心とは、困っている孤児や、やもめを見舞い、自らは世の汚れに染まずに、身を清く保つことにほかならない。」ヤコブ1章27節 「あなたのうちにあって相続地の割り当てのないレビ人や、あなたの町囲みのうちにいる在留異国人や、みなしごや、やもめは来て、食べ、満ち足りるであろう。あなたの神、主が、あなたのすべての手のわざを祝福してくださるためである。」申命記14章29節 私の通う教会「クライストチャーチ岡山」でも、孤児院をフィリピンに建設中である。(日本でいう児童養護施設) 私の牧師から、偶然フィリピンに出張することを聞き、私の友人で孤児たちを養いながら、フィリピンで牧会する牧師夫妻の話をしたことろ、ぜひ会ってみたいと言われた。彼らが出会い、数ヶ月程して、私の牧師が言われた。 「フィリピンに孤児院を建てよう!」 あまりに急な話で驚いたが、神様の導きにより、フィリピン牧師夫妻が養う孤児たちのために、少しでも不自由が改善されるようにと、子どもたちと牧師夫妻が一緒に暮らせる施設を建てることになった。 フィリピンから教会に宛に送られてくる、建設中の建物の更新写真を見せてもらうたびに、神様を想いドキドキする。 ここにも、素敵な神様のストーリーがありますので、 また、ご紹介します。お楽しみに♪
今日は、妊婦検診に行ってきた。ジョイス、今日も元気しにしています。 体重は、2500gぐらいですが、頭の分を少し引くと、2kg 強くらいかなとのこと。そして、気になる検診の結果は、この一ヶ月ずっと同じの 「全然下ってこない。子宮口も開いていない」でした。 内診後に、医師が言った。 「まぁ、自然の流れで待ちましょう。」 少し様子を見るとして、最低いつまでに産むとか決めないのでしょうか? 「まぁ、待ちましょう。自然に陣痛が来るのが一番だから」 でも、胎盤が古くなるし、赤ちゃんには良くないでしょう? 「そうだね。でもね、産まれてきたら、この子はそれで終わりだよ。 お腹に少しでも長くいれるということは、その分お母さんと一緒に過ごせて、長く生きれるということでもあるよ。」 じゃぁ、このままずっと産まれてこなかったら? 「死んでしまうね。」 この子には、生きて出てきて欲しいんですが・・・ 「当初から言っているように、母体の安全を優先しましょう。薬も極力使わない、手術もしない。自然に任せて、陣痛を待ちましょう。」 当初から、私の主治医が言い続けていること。私の体(母体)を守ることを最優先にしたい。いつもの様に、「何かあれば、すぐに連絡してね」と言われて、診察室を後にした。 頭が小さいから降りてこないのかもしれないと言っていた。 どうしたらいいんだろう。どうしたらいいんだろう・・・ もっと運動して、お腹をはらそう。昨夜、友人が教えてくれたツボ押しもしてみよう。辛いものも食べよう。マンションの階段を上り下りしよう。 検診を終えてから、医師の言葉が頭の中をグルグル回る。 「出てこなかったら、いずれは死んでしまう」 いけない、このグルグルの渦の中に自分を置いてはいけない。 そして、牧師の祈りを思い出した。 大阪弁の私の牧師、「ニシ家、こっち来て~。はい、ひろみちゃんここ座ってや」そして、祈ってくれた中に出てきたみ言葉。 「神のなされることは皆その時にかなって美しい。」 すべてのことには、神様により「時」が定められているという。 そして、それは最良の時にやって来るという。 下の写真を見て欲しい。神様は、「見よ、子供たちは神から賜わった嗣業であり、胎の実は報いの賜物である。」と言われるように、たくさんの笑う時、踊る時、抱く時、和らぐ時を彼女を通して与えてくれた。 そして、私は今、生むときを待っています。 同時に、死ぬときもあるかもしれない。でも、それは皆いつか必ず来る。早いか遅いかだけだ。 私には確信がある。 ジョイスは、神様の時にかなった「最良の時」に、産まれてくる。大丈夫、大丈夫・・・ いま私のブログを読んでくださっている方に、今、神様はどの”時”を与えてくださっているでしょうか? 3:1すべてのわざには時がある。 3:2生るるに時があり、死ぬるに時があり、 植えるに時があり、植えたものを抜くに時があり、 3:3殺すに時があり、いやすに時があり、 こわすに時があり、建てるに時があり、 3:4泣くに時があり、笑うに時があり、悲しむに時があり、踊るに時があり、 3:5石を投げるに時があり、石を集めるに時があり、 抱くに時があり、抱くことをやめるに時があり、 3:6捜すに時があり、失うに時があり、保つに時があり、捨てるに時があり、 3:7裂くに時があり、縫うに時があり、黙るに時があり、語るに時があり、 3:8愛するに時があり、憎むに時があり、戦うに時があり、和らぐに時がある。 3:9働く者はその労することにより、なんの益を得るか。 3:10わたしは神が人の子らに与えて、ほねおらせられる仕事を見た。 3:11神のなされることは皆その時にかなって美しい。神はまた人の心に永遠を思う思いを授けられた。それでもなお、人は神のなされるわざを初めから終りまで見きわめることはできない。 伝道の書3章 9/17(木)予定日から12日目。 ジョイス、今日も私のお腹の中です🐠 過期産(42週超えての出産)になるかもしず、胎盤が古くなるとジョイスに栄養が届きにくくなるため、良質な栄養を摂るように心がけようと思っていたら、 健康オタクの母が、栄養のあるお惣菜を ジョイスのために作ってくれた。 レバーは鉄分、玉ねぎサラダは血液サラサラ、蓮根のきんぴらは、抗酸化作用がどうのこうので.... と言いながら一日中、台所に立っていた母だった。 昔から、母のお箱のレバー料理。その一方で、夫の苦手な食べ物がレバーなのだ。母は、私が実家に帰るときは、私の貧血を心配して必ずレバー料理を作ってくれるのだが、そのとばっちりを夫が受け、毎回苦手なレバーを食べされられている。 母は毎回、夫にいう。「大丈夫、今回のレバーは美味しい!全然、臭みがないし食べやすいから。生姜たっぷりやから、食べてみてん。」 夫が渋ると「お薬やと思って、食べてみてん。意外と美味しいって思うかもしれんよ♪」 結局いつも母に言いくるめられて、最終的には食べることになる。夫は、片手に湯のみを持ち、レバーを口に入れて、即座にお茶で流し込み感想をいう。 「お母さん、やっぱりレバーはレバーです」 「あら、そう。今回はいけると思ったんだけどな〜」 この会話を二人は六年間、ずっと繰り返している。 夫いわく、結婚してから6年間、母が何と言おうが、母の作るレバーの味は全く変わらないそうだ。 良薬は口に苦しとはこれのことでしょうか。ジョイスは、良質な栄養に喜んでいるはずですが。 過期産に備えて、ジョイスのために良質な栄養をとってあげようと思う。 今日もお祈り、ありがとうございます。 9/16日(水)予定日から11日が過ぎた。昨日は、41週の妊婦検診に行ってきました。まだ、妊婦です。 予定日から、11日が過ぎた。一日でも早く出産できるように、たくさん体を動かすようにしています。一日に3時間のウォーキング、母の指導のもと、床吹きと家の片付けをしています。おかげで、家の中はホコリありません。人生で一番、家の中の空気がいいかもしれないです。 今回の検診の結果ですが、ジョイスは全く進展なしでした。これくらいになれば出産している方の方が多いし、もちろん赤ちゃん自体も出口近くに下がってるはずですが、ジョイスはずっと同じポジションを確保しているらしく、出産体勢には入ってないようです。 母が横で嘆く。ジョイスが早く産まれるかもと聞いて、仕事を8月半ばから今週までの一ヶ月間、思い切って休みをとったの出てこないやん。来週からは仕事があるのにどうするのよ。 でも、その後に「我が子も我が孫(長女)もみんなゆっくりなのよね、仕方がないか〜」 と、自身を納得させる母。 正期産の今週中に産まないといけないと思っていたので、今後の予定を主治医に聞くと、「とりあえず、自然に任せましょう」との返答。 どう意味でしょう? 「出てくるまで、待ちましょうという。」自然の成り行きに任せ、とりあえず様子を見るという方向に決まった。 それを聞いて、母は、ますます予定がたたなくり、スケジュール帳と携帯とにらめっこしていた。 母が、今週末まで一ヶ月休みを取ってくれていたのには理由がある。無脳症のある赤ちゃんは早く出てくることが多いと聞い、母にジョイスが早めに出てくるかもと言ってしまったこと、また、日本の病院は、基本は42週までに必ず産ませるようになっているからだった。 そのため、母は今週末には;必ず産まれると思っていた。私も夫もだし、皆そう思っていたはずだ。本来、42週を超えての出産はあまりない。42週を超えると、赤ちゃんへの負担が大きくなり、入院率が上がると言われている。胎児に酸素や栄養を運んでいる胎盤が42週以降は劣化が進み、赤ちゃんにそれらが届きにくくなるのが原因らしい。 夫と42週を超える(過期産)について調べてみた。イギリスでは41週ほどで出してします。でも、他の国では43週に変えた方がいいのではとの話もあるそうだ。42週というのは、目安であって、胎盤の寿命も人それぞれのようなので少しの超過は心配はいらないようだ。でも、42週以降は早めに出て来た方がいいのは明らかだと思う。 夫が、パソコンに向かい何かを見つけたらしく笑っている。そして、「ひろみ、大丈夫だよ」と言ってきた。 「ジャッキーチェンはお腹の中に、12ヶ月間いて、帝王切開で5.7キロで出て来たんだって〜」 だから、大丈夫だっていう・・・ ジャッキーチェーンとジョイスは一緒にはならないだろうと思いつつ、とりあえず、大丈夫ということにした。 でも、ジョイスがジャッキーチェーンほどに、居座らないように願いたい。 検診40週の時に録音した、ジョイスの心音。ただの心臓の音ですが、この力強い心音を聴くとき、私は落ち着きます。きっと私(親)くらいしか聴いても面白くないかもしれないのですが、落ち着きたい方、ジョイスの鼓動を聴きたい方どうぞ♡ 教会の日曜礼拝に行き、先週に引き続き「また会えたね~」とたくさんの家族が迎えてくれた。また会えてしまった・・出来れば病院にいたかったが、いつもの顔ぶりと、いつもの笑顔にホッとする。イエス様を信じた人たちは、皆家族になります。だから、私にはたくさんの家族がいます。
今日もお腹にいるジョイスとともに踊り、賛美をして来ました。脳がほとんど無くなっていても、音を聞く部分は最後の方まで残るようで、ジョイスは音も人の声もとてもよく聞こえているようです。賛美中に音楽にのり、手足を伸ばして私の胎の中で踊り狂う娘。激しすぎる~と、笑ってしまいます。私たちが話しかけると動いて反応し、長女が私のお腹を枕代わりに寝てしまうと、長女の頬をひっきりなしに蹴るジョイス。重い!のけ!のけ!と言わんばかりの連続キックです。 一日の間に、何度もジョイスに笑わされ、本当に脳がないのかなぁと思ってしまいます。 あなたは、「癒しの奇跡」を信じますか? 神様はいると思いますか? あなたを造ったのは誰だと思いますか? 私は、たった2cmのジョイスの体にパクパクと動く心臓を見たときに、人間には成せない業を目にして、創造主がいることを改めて思いました。 私は、癒しの奇跡を身近に体験したことがあります。 長女が一歳の頃に、そけいヘルニア(脱腸)が見つかり手術をした。手術が決まった日から、イエス様の癒しと守りを祈り、教会メンバーにも長女のために祈ることを頼んだ。 手術を終えて、出てきた医師の言葉は一生忘れられないだろう。 「手術で開けたら、ヘルニアは無くなっていてました」「でも、痕跡は残っていて、皮の袋が残っていたので、取り除いておきました」との報告だった。 あまりにもショックで言葉を失った。 自分に本当に腹が立った。 「癒しの奇跡を起こされる イエスキリスト」の名前で長女の癒しを祈りながら、手術前に医師に娘が癒されているかの確認を頼まなかった・・・ その、自分の信仰の薄さに怒りを覚えた。何のために、祈って欲しいと皆に頼んだのか!なぜ、私は神様を信じなかったのか! 医師は娘の今後を考えると、袋の処理はしていて良かったと言われたが、神様は確かに癒しの御手を娘に置かれていたのだと思うとき、神様と娘に本当に申し訳なく思った。 私の愚かさのゆえに、一歳児の体にメスを入れることを許してしまった。 小さな手に点滴を打たれ、麻酔の副作用で熱を出して、全身を真っ赤にしてベッドに横たわる娘の姿を見て、神様と娘に自分の信仰のなさを謝った。「ごめんなさい。ごめんなさい・・・」 娘がイエス様を信じるまでは、娘が暗闇を歩き穴に落ちないように導いてあげるのは、イエス様の光を知る親の役目だと思う。でも、親に信仰がなく、足元が見えずに歩いていたらどうだろうか。 聖書に「父と母とを敬え」と御言葉がある一方、こんな御言葉もある。 「盲人が盲人を導くなら,両方とも穴に落ちてしまうだろう 」マタイ15 麻酔で寝かされている娘に、「お母さんは、イエス様の光の道を歩き、あなたをイエス様に導けるようにします。二度とこんなことがないようにします」と言った・・・私の苦い記憶である。 この他にも、いろいろな奇跡を耳にする。最近、鳥肌の立った話といえば、私の親友の教会メンバーは悪性の脳の癌が癒されたという。私もその教会に何度も遊びに行ったことがある。彼女が、神様にすべてを捨てる思いで委ねて祈ったときに、癌は短期間に完全に癒されたという話で、ジョイスに奇跡を祈るときに、また決断をするときにもよく思い出して励まされた。彼女の癌が癒されてたら、二年近く経つがいまだに再発はしていないそうだ。 今日、私の隣りに癒しの奇跡を切に祈る人がいた。私の母だ。 闘病中の父のため、障害のある姉のために、ジョイスのために、両手をぎゅっと握り合わせ、みけんにシワを寄せて頭を垂れて祈る、彼女の苦しみと痛みの祈りを横で感じて涙が出た。母は最近、祈りたいと言って教会に通い始め、イエス様のことを知り始めた。 母は、出会うクリスチャンに、奇跡はありますか?と聞き回っていると、妹から聞いた。 昨夜も、奇跡ってお母さんにも起こるのかな。特別な人にだけに起こるのものかなと呟いていた。 私は、特別な人だけに起こるものではないと思う。 神様を信じて祈るものに起こると思っている。また、計画を持って神様によって起こされるものだと信じている。 またイエスは道の途中で、生まれつきの盲人を見られた。弟子たちは彼についてイエスに質問して言った。「先生。彼が盲目に生まれついたのは、だれが罪を犯したからですか。この人ですか。その両親ですか。」イエスは答えられた。「この人が罪を犯したのでもなく、両親でもありません。神のわざがこの人に現われるためです。」(ヨハネ9:1-3) 隣りで、必死に祈る母を見て思った。 「イエス様を完全に知らない、あなたにとって、これはどれだけの重荷であろうか。重いだろう。辛いだろう・・・」 イエス様が言われるように、母が、イエス様にその重荷を早く明け渡せますように。イエス様、母の肩代わりをし救ってくださいと祈った。私も、この御言葉を聞いた一か月後にある人を許し、クリスチャンになった。 「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。わたしは心優しく、へりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすればたましいに安らぎが来ます。わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからです。」(マタイ11:28〜30) 神様を信じて祈るとき、奇跡が起こされることがあります。イエス様が癒しの奇跡を起こされます。今、切なる願いを持たれている方、一緒に祈りましょう。重荷を持っている方、その重荷を肩代わりしてくれる方に明け渡しましょう。 悩みや苦しみに大小はないでしょう。私は、ジョイスがいますが、あなたが一緒に祈りたいのならば、ともに祈ります。 私は、毎週、日曜日に「クライストチャーチ岡山」にいます。待っていますね。(来週はきっと病院にいますので、会えませんがね・・・ ) 家の中がどんどんキレイになる。
母が来てからは、家の中が整ってきた。扉や引き出しを開くたびに、「ひーちゃんはなんでこんなんなの!?」と聞いてくる。 なんでと言われても困る。 母が言いたいのは、なぜこんなに整頓が下手なのかということだ。私もなぜか分からない。とりあえず、陣痛を起こすために、体を動かし掃除をする。30歳を過ぎて、母に整理整頓の指示を受けながら片付けている… 今日は、母に付き合ってもらい3時間のウォーキング。相変わらず、のんびりのジョイス。今日も出てきませんでした。出てくるの忘れてる? 予定日から四日過ぎた。「まだかな~まだかな~」と呟く人が真横にいる。ジョイスのお姉ちゃん、3歳のまなみである。出会う人、出会う人皆に妹を紹介して回る娘。そのため、近所の人も保育園の先生も皆、ジョイスのことを知っている。 そんな娘と、歯ブラシをしているときだった。 娘が私のお腹を歯ブラシでこすり始めた。 「歯ブラシしている時に遊ばないの。ちゃんと歯ブラシしなさい」と言う私に 「してるよ」と応える娘。 ??? 「ジョイちゃんの歯磨きしてるのよ。前歯よ~べろべ~よ」 娘は、ジョイスの歯をお腹の上から磨いていた。 私とのお風呂上りに、ジョイスに服を着せるのもお姉ちゃんの役目になっている。私は普段、大きなお腹を支えるために腹帯をしている。娘にとって、腹帯=ジョイスの服らしく、私が腹帯をしていないと「マミー!ジョイちゃんが裸ん坊よ。恥ずかしいよ~!」と腹帯を引きづりながら私の後を追ってくる。 私が横になって休んでいると、お腹の上にたくさんのオモチャがのる。きっとジョイスと遊んでいるのだと思う。 赤ちゃん見かけると、ジョイスみたいだねと微笑み、「もうすぐ、もうすぐっ」と言って、心待ちにしてる娘。 最近は、お姉ちゃんになるから食事のときのエプロンも着けたくない。保育園でも小さな子には、優しく接してあげているようだ。 保育園の先生や周りの大人にジョイスの話をし、「まなちゃん、もうすぐお姉ちゃんになるんだね」と言われて喜ぶ娘の姿を見る度に、私はいつも複雑な思いになっていた。 ある日、その複雑な思いを友人に吐いたことがある。 「まなみ、お姉ちゃんになれるのかな・・・ なれたらいいな~」 友人は言った「ジョイちゃんは、今生きているんだから、もう、まなちゃんは立派なお姉ちゃんだよ。」 その友人の言葉によって気づかされた。 今、娘はジョイスを大切に思い、お姉ちゃんをしているのだ。娘は、もうすでにお姉ちゃんになっているんだと気づかされた。お腹の中にいる妹の世話をして、遊んであげ、とても可愛いがっているのがよく分かる。 翌日、保育園に行き「今、まなみを お姉ちゃんにならせてあげて欲しい」と園長先生に話しをした。すぐに理解してくださり、その日から娘は、ジョイスのお姉ちゃんにすでになることができた。「もうすぐ~なる」ではなく、「(もう、すでに)お姉ちゃんなんだね」と表現を変えて言って欲しいとお願いしただけだが、娘にとっても私にとっても大きな変化だった。 「もうすぐ~なる」だと、ジョイスが生きて産まれ、ここにいなければ、お姉ちゃんになれないことになる。今、こんなに妹を愛しんで、お姉ちゃんをしているのに、死んでしまったら、お姉ちゃんになれなかったことにってしまうと思った。だから、娘の分かる形で、今からお姉ちゃんにしてあげたかった。そして、例えジョイスが天国に行っても、引き続きジョイスのお姉ちゃんなんだと思って欲しかったからだった。 妊娠4ヶ月のときに、園長先生にジョイスをのことをお話した。赤ちゃん、お母さんを選んできたんだね。頑張りなさいよ!と言ってくださった。夏場は、暑いじゃろ~。赤ちゃん生きとるんじゃな、すごいな~。ブログ読んだよ~と声をかけてくださる。伝えた日から、園長先生は影の応援団の一人になってくださっている。 それでもやっぱり、もしジョイスが旅立ってしまった時は、娘になんと言おう考えてしまう。 天国に行ったよと言って分かるのかな。それとも、3歳だからすぐ忘れるのかな。 ありがたいことに、娘はイエス様を信じている。だから、分かってくれるといいなと思う。昨夜も、天井を指差して「イエス様、今日はここにいないね~」と言っていた。教会を出る時に、誰かに手を振っている。誰に手を振っているの?「イエス様にバイバイしているのよ。バイバイ~」という。彼女にはもしかしたら、見えているのかもしれない。 娘の就寝前に、家族でお祈りをする。娘は、最近ジョイスのために祈るようになった。「神様、ジョイちゃんを守ってください」・・・ そして、ジョイスに(私のお腹に)ハグとキスをして「ILove you , ジョイス 」と言ってベッドに入る。 「まなみは、立派なお姉ちゃんだよ。今もこれからも。」 娘がジョイスのために祈る姿を見る度に、私も祈る。この幼子の願いをどうぞ聞き入れてくださいと。聖書にある言葉だ。神様は、幼子を愛されており、幼子のようなものが神の国に入れると。どうぞ、娘の祈りを聞き入れてください。 「心をいれかえて幼な子のようにならなければ,天国にはいることはできないであろう。この幼な子のように自分を低くする者が,天国でいちばん偉いのである。」(マタイ18:3-4) 出産予定日から二日間経過しましたが、陣痛も何の変化もありません。 予定日当日は、公園を二ヶ所はしごして、娘が家に帰ろう・・・と言い出すほどに動き回りましたが、何の兆候もありません。今朝も1時間散歩、床拭きをするものの・・・全然。 予定日が過ぎ、私より周りが落ち着かないようです。父親が頻繁に電話してきます。ひーちゃんどうや?(3時間前に話したよね・・・)変わりないよ~。 友人がメールを送ってきてくれます。どう?変化は? 変わりないよ~。 やっぱり、ひろみの子だね。二人の子だねぇ~といった内容の返信メール。 私と夫を知っている人は、ジョイスの性格がだいたい想像できるでだろう。夫は、超マイペース、私は超スローだ。予定通りに出てこなくても納得できてしまう。 長女は、二週間過ぎても出てこず、仕方なく無理やり出ててきてもらった。 陣痛促進剤を3日間使い、最後は熊ほどの大きな医者が私のお腹を上から押し付け、三角吸引もしてようやく出てきた。医者が私の上に乗り始めたとき、夫は私が殺されると思ったらしい(笑)夫が「Oh no... 」と言っていて心配そうに私の手握りしめ、祈ってくれていたのを覚えている。 こんな感じで、ジョイスものんびりタイプのようですので、もう少し楽しみにお待ちください。たくさんの人が、ジョイスの誕生を心待ちにしてくださり本当に嬉しく思っています。産まれる前から、これほどに愛されて、ここまでたくさんの人に祈ってもらえる赤ちゃんはいないだろうと思います。 また、私自身(母体)も皆さんの祈りの力によって、強められているのを実感しています。妊娠の6ヶ月くらいから、足の神経痛がひどく、30分も継続して歩けなくなっていました。安産のために体力をつけたい、運動したいと切に願っているのに体が言うことを聞かなくてストレスだったのに、この1週間!驚くほどに体調がいい!普段疲れやすい体質なのに、娘と一日公園で過ごしても平気になり、保育園の送迎の1時間、余裕で歩けます。床拭きもひょいひょいとこなせます。自分で自分でないくらいに動けています。夫に私の身に起こっている変化を伝え、「皆さんの祈りと神様に心から感謝しよう」と話しました。 祈り=愛と犠牲 人のために祈るのとき、自らの時間をその人のために犠牲しなくてはなりません。愛がないとできない行為だと思います。私たちを愛し、お祈りくださり、ありがとうございます。 祈る=神様を信じる事 聖書に神様は私たちの祈りを聞かれると書いてあります。私たちは、神様を信じているから祈るのです。時々、祈れない自分を見つけたときに、「祈らないのは、神様を信頼していない」ということだと自身に言うことがあります。 皆さんの愛と犠牲による祈りにより、私たちが出産に向けて強められていることを心から感謝します! いろんな人から連絡があると言えば、母からも連絡があった。 今日来る予定にしていた母に、とても歩きやすくなったことを伝えたら、 「ジョイちゃん、また上にあがったんんじゃない?その感じだと、まだ産まれてこないわね。じゃあ、お母さん今日行くのやめとくわ~。」 えっ!?来てくれないの?(今日の晩御飯、準備してないんだけど・・・) 三人も子どもを産むと、予定日を過ぎていても、ここまで余裕になるのか。 「ひーちゃんが不安なら行くけど?」 正直なところ、不安は無いと答えた。不安だと言った方が良かったのか!? 「じゃあ、また明日電話するね~」の3分程の会話で電話切った母だった。 仕方がないから、今から夕飯の買出しに行くことにします。 私の運動に付き合ってくれる夫と娘。 アンパンマンを二人で書いています。 散歩途中に、秋を見つけました。キノコを公園で1つ、路上で2つ見つけました。岡山は、キノコどこにでも生えているみたいです。一応、市内に住んでいるのですが。 今日は出産予定日ですが、まだ兆候が見られません。長女も二週間遅れたので、この子ものんびりさんかもしれません。
「ジョイスは、まだお腹の中にいますが、前もってみなさんにお知らせです。」 ジョイスが神様の計画で天に召されたときは、9月26日以降のいずれかの土曜日で、”天国への旅立ちのお祝い&皆さんへの感謝の会”を開きたいと思っています。 ジョイスが長く生きることが出来れば、延期になりますし、神様によって新しい体をもらって産まれてきたら、行われることはないでしょう。 出産後に分かり次第、皆さんに連絡いたします。 この会ですが、ジョイスを愛してくれている方み~んな来てください! (ジョイスはあまりしらないけれど、これから知りたい方もどうぞお越しください) そして、共にジョイスの旅立ちを祝ってあげてください。また、これはジョイスのためだけに開くのではなく、私たちから皆さんへの感謝を表す場にもしたいと思っています。 そのため、暗~~い 感じにはしません。私もすすり泣くつもりはありません。 もし私たちが泣いたとしても、それはきっと悲しみからではなく、娘の旅立ちを喜びつつも、少し寂しく思う親心から来る涙のはずです。 ジョイスをつくった神様のところに帰るのだから、祝福して送りだしてやりたいと思います。そして、「また後ほど会おうねっ」て言おうと思います。 死は恐ろしいものではありません。この世は、一時のもので、イエス様を信じると、死の恐怖から解放されます。命も延びます。 よくよくあなたがたに言っておく。わたしの言葉を聞いて、わたしをつかわされたかたを信じる者は、永遠の命を受け、またさばかれることがなく、死から命に移っているのである。ヨハネによる福音書5:24 この聖書のみ言葉からいくと「人間、死んだらおしまい」ではなくなります。イエス様を信じたとき、延びると言うより、永遠の命をもらうことができます。また、神様のもとへ帰る許可も頂けます。神様のもと(天国)は、死も、苦しみも、悲しみも、叫びも、病気もない、暗闇もない、最も幸いなところだと聖書はいっています。だから、娘にとって一番良いところ、安全なところなのだから、安心して送り出してやろと思います。ジョイスは、私の信仰を通して、天国へ行き永遠に暮らすのです。 《来てくださる方に お伝えしておきたいこと》としては・・ ①日程は、とりあえず9月26日以降の土曜日です。 ②お葬式ではありませんのでお花代はいりません(お香典) ③黒服や喪服ではなく、軽装か少しキレイ目の服でお越しください。 私は、検討中ですが、白いレースのワンピースを着ようと思っています。長女は、きっとプリンセスドレスを着るというと思います。でも、やっぱり喪服が着たい方はそれもOKです。形式ではなく、気持ちですので何でも受け入れます。 《内容》は、賛美をして、ジョイスの写真を見て、「Joyce」作曲者、ピアニストの久野まさみさんの生演奏に心癒され、牧師先生のいいお話しを少し聞いた後、別室にてケーキやお茶を飲んで楽しむといった簡単なものです。気軽な感じで集まって頂ければと思います。 《葬儀は別の日程で、家族葬にします》 私が産後ということもあり、お葬式を開くほどに体力があるかわかりません。また、私たちの思いの中で、せっかく皆さんに集まって頂くのに、お葬式と聞いて悲しみの中で集い、そのイメージのままジョイスを天国に送りだしてやりたくないのです。そのため、葬儀は家族と牧師夫妻だけで行うことにしました。 お葬式って大変ですよね。家族も大変だけれども、参列者も大変だと思います。無理に仕事の都合をつけたり、数年に一度の喪服をひっぱり出してきたり・・・ そんなのではなく、ゆったりとした気分で、皆の集まれるときに、旅立ちを一緒に喜んであげたいのです。そのため、葬儀は家族だけで行い、後日、ジョイスの遺骨と写真とともに、皆さんとお祝い会&感謝会を開きたいと思います。 生まれる前から、死後の話しでごめんなさいね。でも、私が出産したらお伝えするのが難しくなるし、このブログを読んでくださっている方の中には、気にしてくださっている方もいるかもしれないので、早めにお伝えしたいと思いました。 でも、「現実と信仰は違う」ので、私たちは、現実を踏まえた上で今も祈り続けています。神様がジョイスを生かされることを・・・ 我が家には、ジョイスが元気に産まれてきた時のために、ベビーベッドとその上におもちゃや新生児服が用意されいます。その横に、天国への旅立ってしまったときのために、棺や骨壷発注先のメモや、死亡手続きの方法、葬儀のこと、緊急連絡先リストetc・・・を色々調べた書類が準備されいる。
私たちは、生と死の両方を平行で準備をしています。 先週はクライストチャート岡山と倉敷の牧師夫妻と、家族葬と、皆さんと共にジョイスを送り出すお祝い&感謝会の3回目の打ち合わせをした。(この会については、後日お知らします。ジョイスを愛する方に皆に来て頂ければと思います) 出産前から、赤ちゃんの葬儀の打ち合わせをするのは珍しいと思う。 一般的に、産まれて24時間以内に死ぬと言われる無脳児。もちろん、ジョイスが生きることを祈っているが、もし神様の計画で天に召されたときは、しっかりと旅立ちを祝ってあげたいので、出産前から準備をはじめることにした。棺や骨壷も即時発送してくれる可愛い物を見つけた。在庫も確認済みだ。 また、娘が目の前で亡くなった後、何をすべきか全く想像ができなかったので、下調べをすることにした。私は産後で動けないので、外国人の夫が主に動かなくてはならなくなる。日本人でも、何度も経験することではないので、知らないことも多いと思うが、外国人の夫には尚さらだと思う。私自身も、火葬場は葬儀社に併設されていると思い込んでいたぐらいだ。 まず手始めに、市役所に電話してみた。 「赤ちゃんが死亡したときの、手続き方法を教えてください」「いつ亡くなられましか?」「これから出産なんですが・・・」「へっ?産まれてないんですよね?」職員が混乱し始めたので事情を説明したが、確かに混乱するよな... この電話で、病院から出される死亡証明書を持って市役所に行き、体を焼くための許可書をもらうことを教えてもらった(火葬許可書) 次に、火葬場に話を聞く為に電話をした。 「葬儀会社はどこですか?葬儀会社を通して欲しいんだけどな。それで、いつ焼きたいの?」 「まだ産まれてないんですが、すぐ亡くなるかもしれないんです。」 「葬儀はいつ?」 「・・・だから、まだ産まれてないんです。」 「決めてから電話してください。当日は、くれぐれも時間厳守でよろしくね。」 職員と話しながら、関西のおばちゃんに変身しそうな自分をこらえた。ドスをきかせて絡んではいけない。耐えたろ、耐えろ。 とりあえず分かったのが、火葬したい日時が決まったら連絡することだった。 私たち一般人にとって、死は人生の一大イベントだけれども、一部の人にとっては、仕事であり、死を見るのは生活の一部なんだなと感じた。 電話を切ったあと、息を止めて(のような思いで) 変身せずに持ちこたえたので、大きく一息吐いた。こういう苛立ちを心に入れてはいけない。頭にピキッと線が入った瞬間に、「イエス様、私の心を守ってください」と祈った。私の心は、この職員の面倒そうな冷ややかな言い方に全く影響を受けない!と宣言して祈り、自身の心を守った。私は、ジョイスに奇跡が起こされるように祈っているので、このような事務的な死の準備に感情を入れないようにしている。こういう場合は、淡々と行うことが大切だ。 家族が亡くなった後は、慣れないことばかりで時間もだが、精神的にも慌しくなる。病院から、ジョイスの死後2日間は一緒に過ごしてもいい言われており、その貴重な時間を葬儀や色々なことに割きたくなかったので、前もって打ち合わせすることを牧師夫妻にお願いした。 当初の計画では、家族葬ではなくて、皆に来て頂けるお葬式と感謝会を同時に行おうと思っていた。 ジョイスの死後すぐに、ジョイスを棺に入れて教会に連れてこようと思っていたが、産後の体の回復も気になるし、同時に感謝会(パーティー)する際に、遺体の入った棺を目の前に参列者はくつろいで飲食をする気になるのだろうか・・・色々話し合った。 そう話していると、夫が言い出した。 「棺の前で飲食がしにくいなら、皆で二階に移動しようか?」 パーティーのために全員が二階に移動したら、一階でジョイスが一人ぼっちになるからなぁ.. と誰かが言ったのに対して、 「 ジョイスの体が残っているだけで、ジョイスはそこにはいないから大丈夫だよ〜」と言う夫。 まぁ、確かにジョイスは天国にいることになるんだけど・・・やっぱり、気になる人もいるかもよと私が言う。 「じやあ、棺を担いで二階に上がるか?」言い出す。 ジョイスの棺が教会内をウロウロしているのを想像し、うーーーーん。一同顔を見合わせて、それも無いなという事になった。 夫のアイデアはユニークで良い提案になるときもあるが、皆が固まることも多い。皆「う・・・ん、それはどうかなぁ...」「へ~そんな風に考えるんだね」 ほ~へ~の連続。まるで、お互いの文化や価値を理解しあう国際交流会になってしまう。 こんなマイペースな私たちに、牧師夫妻は忍耐強く、最高の旅立ちにしてあげようと一生懸命になってくださる。また、死亡後の手続きや予約などを牧師婦人が手伝うと申し出てくださった。これで、夫の精神的負担はだいぶん軽減されると思う。共に喜び共に泣き、寄り添ってくださることを心から感謝したい。 先週の打ち合わせで、私たちの国際交流会、あっ違った・・・! 家族葬と別日程で行う旅立ち&感謝会(パーティー) の打ち合わせはようやく落ち着いた。 後は、神様次第で決行になるか、延期か、永遠に封印されるか・・が決められる。 ~打ち合わせ風景~いつも和やかな雰囲気の中で行われる。娘のことも誰かが見ていてくれいる。たくさんの応援団が私たちを支えてくれる。ありがとう。「喜ぶ者と共に喜び、泣く者と共に泣きなさい」ローマ人への手紙12:15 産婦人科にいる時に、嬉しい!と思えたのは、妊娠を確認できた日と、心拍を確認できた日のたった二日間だけだった。それからは、毎回診察室に入る前に「何を聞いても見ても、動揺せずに受け入れることができますように。心が主によって守られますように」と祈るようになった。今回の検診は、2cmの体に心拍を確認した、あの日以来の喜びだった。
妊娠後期からは診察前に「ノンストレステスト」という、母体のお腹にセンサーを取り付けて、胎児の胎動と心拍を確認し、胎児がお産に耐えれるかどうか調べるようになっています。 今回、その結果がとても良いものでした! 結果表には、グラフが二本あり、一つは胎児の心拍、二つ目は胎動を記録するようになっています。胎動があれば波打ち、それと同時に心拍も波打つようになっていて、そのギザギザが多いほど元気な赤ちゃんの証拠だそです。 心拍の表をみて医師が言った。 「無脳症の子は、もう少しフラットだけと、普通の子と一緒だ。」 成長も心臓も呼吸もすべて普通どおりに成長している。 ジョイスの心拍は、健常な胎児と同じだった。 波のギザギザがあまりないと弱い子らしいが、ジョイスは無脳症があるにも関わらず「元気な子」だと聞かされた。 ジョイスは、いつも私の子宮の壁で休むのが好きで、この日ももたれかかっていて、のんびりとした、穏やかな顔を見ることができた。主治医は、エコー画面に映るジョイスを丁寧に説明して、特に後期に入ってからは、頑張ってジョイスの顔を見せようとしてくれます。 エコー画面に顔が映りはじめて「可愛い~」という私に、医師が「うん、人間らしい顔だね」と言う。人間ですけど・・・ この主治医のぶっきらぼうな感じにも慣れてきた。 前にもジョイスが手を頭の方に挙げていと、「頭のないことが気になるのかなぁ」「頭を探してるのかな」とボソボソ言うので「うーん。かゆいのかも!?」と、とっさに応えたことがある。笑 いつもシリアスなのに、急に 思いがけないことを言われるのが少し面白くて、関西人の私は心の中でいつもツッコんでしまう。 この日のジョイスは、口をもぐもぐ(嚥下)させて、この世に出てきたときのためにミルクを飲む練習をしていた。心臓も元気、呼吸もできているから、もしかしたら産後生きるかもしれない!?と思い聞いてみた。 少し生きるかもしれないですか? 「かもしれないね」 嚥下もできているし、 おっぱいがあげれるかもしれない? 「トライはしてみたらいいと思うよ」という。 今回のグラフの結果が示すのは、嚥下や心臓と呼吸器の生命維持を担う、首の上の方にある延髄や脳幹部がまだ残っていてるということだった。 医師が、その結果をもとにジョイスは大脳皮質が欠除した状態なのだろうと言った。 私が喜びを見せると、「でもね、やはり生き延びるのは難しいよ・・・」と話しを続けてきた。「お腹にいるときは、母体を通して栄養をもらって育っているけれど、産まれてきたら自力呼吸をして心臓を動かさなくてはならないからね。また、額から上がむき出しだから感染が一番心配だね。今は治療法もないし、延命治療を施すこともしないからね。だから、いずれはね・・・」 医師が続けて話した内容は、全く気にしなかった。ただ、ジョイスが生きるかもしれないことが嬉しくて、診察室を出たら手が震えてきた。それと同時に、嬉しくて涙が出てきた。 前夜も祈っていた。神様のみこころがジョイスに私たち夫婦になされますように。もし、あなたが許されるならジョイスを生かしてください・・・そう何度も祈りながら寝てしまってた。学生の頃に試験勉強をしながら寝てしまったときのように、目を覚ましても暗記の続きをしているような感じで、目覚めても思いの中では祈り続けていた。 その祈りを神様が聞いてくださったように思えて嬉しくて涙がでた。一時は、死んでしまうかと覚悟したけれども、神様はジョイスをまだ生かし元気に心臓を打ち鳴らさせてくださっている! 無脳症のジョイスを産むためには、「無脳児への治療法がないこと。そのため、延命処置は施されない」そのことに了承しなくてはならなかった。その同意をするために、妊娠4ヶ月の時に、産婦人医、小児科医、心理士とで面談した。 今の医療で無脳児に施してあげれることは何もないそうだ。極めて短命でその数分が大切で、治療を施したことろで生きる可能性が低いため、生まれてきたジョイスを家族と引き離さずに時間が過ごせるように最大限の配慮をすると言ってくださった。 でも、延命治療や赤ちゃんに負担がかかることはしないが、ジョイスがもし一日持ちこたえたら酸素を少し吸わせてあげてもいいのかもしれないと小児科医が言ってくれた。 この日の検診で主治医が言った。ジョイスが産まれてきたら、「小児科医は赤ちゃんが苦しまないように最後まで過ごせるように配慮し、私(産科医)は、母体を守るようにするからね。本当にトラブルがないようにしたいんだ。普通ならこの時期にはしないけれど、もし手術や緊急時にすぐ対応できるように一通りの血液検査をさせててね」と言われた。何か変わったことがあれば、すぐに連絡してねといつも言ってくれる。私たち夫婦のために何度も時間を割いて面談してくれたことにも感謝したい。 ノンストレステストの結果が良くて、神様ありがとう~!と心の中で叫んだ後に、ところで医師が大脳皮質が欠如した状態だと言っていたが、それはどの部分だっけと思った。聞いたときは、大脳皮質だけが欠如してるんだ!って思ったが、グーグルで大脳皮質を検索したら・・・ 「おぉ~脳全部のことだ」 ・・・でも、ジョイスが生きるかもしれないから、脳が全部なくてもいいかな。 神様が何とかしてくださるだろう。 ~ジョイスの帽子~ サイズ違いで手作りしたのが5枚、既製品が4枚。神様の計画で生き延びれたときのために、洗い替えも準備できた。 ジョイちゃん、待ってるよ。 |
15時間の人生ー無脳症のある赤ちゃんジョイス Heavenly Joyce - Our 15 Hour Miracle Baby ビデオ
ヘブンリージョイスとは
ヘブンリーは、「天の」 ジョイスは、「恵みから来る喜び」という意味。 この世で15時間生きた、私の娘の名前です。 娘には、無脳症がありました。 無脳症は、胎児の頭蓋骨が形成されなかったために脳が羊水にさらされて溶けて無くなってしまう奇形症です。 極めて短命で、生きて産まれてくるのも、産まれ出て少し生きることも、奇跡だと言われています。 いつも神の国に近い赤ちゃんがジョイスでしたが… お腹の中で 11ヶ月(44週2日)過ごし、 予定日(9/5)から 1ヶ月超過した H27年10月5日 午後6:35誕生 15時間生きて 10月6日 午前9:04に天国へ ”ヘブンリージョイス”となりました。 「ジョイちゃん、また向こうで会おうね♡」 私は名前:ニシひろみ 記事一覧
10月 2020
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